大企業に広がる「働き方改革」 ~トレンドは”時間”ではなく”成果”への着目~ (後編)

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前回に引き続き、政府等の公表事例集から、働き方改革と業績向上の両立に取り組む企業を紹介し、成功のヒントを探りましょう。

 今回は、非正規社員が重要な役割を担い、しかも人手不足が深刻化している小売業と飲食業を取り上げます。

前編はこちら

Ⅱ.働き方改革に前向きに取り組む企業事例

■小売業・飲食業編

~セルフチェック評価を通じたパートタイマーの育成と納得感のある処遇~

総合スーパー大手の株式会社イトーヨーカ堂は、セルフチェック評価制度を正社員からパートタイマーの全社員に導入しています。半期ごとに全社員に配布される評価シートには、職務内容が記述されており、求められる役割が認識できるようになっています。同社の評価方式は、まず自己評価、その後に上長評価を実施します。面談にて、評価結果・評価理由を確認し、課題を伝え、次期の行為につなげるというシステムです。

セルフチェック評価の育成スパイラルと処遇の連動

 この仕組みにより、社員本人と上長のギャップを埋めることができ、課題が明確になるのでOJTと連動させることができます。評価の処遇反映もすべて開示しているので、納得感につながっています。

 同社は、同じ仕事でも優秀な仕事ぶりであれば賃金差があるべき、という考え方が働く人には支持されていると認識しています。特に、パートタイマーは、同じ職務でも継続して優秀な人は処遇格差をつけるべきという考えが強いため、評価による処遇格差はさらに納得感につながっていると言います。また、同じ職務でも優秀な役職候補者については、管理者的な項目をシートに盛り込んでおり、これによって気持ちの準備と納得感がある社内登用が実現できています。

 一方、実態として、パートタイマーには、管理責任や業績責任(数値目標)に抵抗があるが、接客やものづくりにやりがいを持っているという人が多いと捉えています。そのため、パートタイマーに昇格・登用の拒否権を与えるなど、働きたいステージを自分の価値観で選択できるようにしています。

(資料)首相官邸「第3回 働き方改革実現会議」(平成28年11月16日開催)配布資料11 など

 

 

~スキルを明文化したランク表に基づく教育設計と時間給決定~

飲食チェーンを展開する吉野家グループでは、非正規の有期雇用社員(キャスト社員)が店舗でのオペレーションを主に担っているため、キャスト社員への教育を重視しています。キャスト社員が入社時から段階的にスキルを身につけられるよう、9つのランクごとに求められるスキルを明文化したCRS(キャスト・ランクアップ・システム)を導入しています。

店長は、ランク表を参考にし、キャスト社員個別の教育計画を本人との話し合いを通じて策定します。キャスト社員には、個別の目標を記載したシートを配布します。CRSによって明確な評価基準があるため、キャスト社員は「次のランクに進むには何が足りないか」を把握し、スキルアップに向けて取り組むことができます。

キャスト社員は、配布されたシートに沿って毎月自己評価を行い、店長との面談に臨みます。面談後、店長は目標の達成状況を判断し、達成度に応じてランクの昇格を決定するとともに、その後の教育指導の方針を決定します。

同社では、ランクと時給額が連動しています。CRSの全ての単位を取得すると時給額が最大150円プラスされます。時給が上がるということはスキルが上がることの対価であり、ひいては店の生産性が高まるものと判断されるため、同社では積極的に時給を上げていきたいと考えています。

 

 

また、同社では、外食産業一般の傾向として正社員を確保することが難しく、キャスト社員のままで店長業務の8割程度を担うキャスト店長には特に優秀な人材が多かったため、そのような人材をいかにして長期的に確保していくかが課題となっていました。

そうした背景の下で、2007年には通勤時間が1.5時間程度のエリアに勤務地を限定する正社員であるエリア社員を導入し、当該社員への転換制度を開始しました。同制度は、優秀なキャスト店長の正社員への転換の機会を広げることに加え、店長業務を担うキャスト社員がエリア社員に転換することで正社員との同一労働・同一賃金の実現を図ることを狙いとしたものでした。エリア社員には、グローバル社員(勤務地無限定の正社員)と共通の職務等級制度を適用し、同じ職務である場合には同額の基本給を設定しています。

(資料)厚生労働省「多様な人材活用で輝く企業応援サイト」 事例02

 

Ⅲ.経営にプラスとなる改革の特徴

 

長時間労働の解消や非正規労働者の待遇改善を始めとする働き方改革に、すでに積極的に取り組み、しかもそれが業績向上につながっている企業の施策を見ると、いくつか共通点があることがわかります。

 

◇企業目標と個人目標のリンク

個人やグループ単位で目標を設定し、その達成度で評価を決める目標管理制度は、バリエーションこそあれ、多くの企業が利用しています。好事例の企業のほとんどは、この制度を有効に活用しているようです。いずれも、企業・組織の目標をしっかり社員に示し、企業目標との関わりで果たすべき役割を社員自身に自主的に見出させています。

社員の自主性が肝心ですから、企業目標と個人目標のベクトルをいかに揃えるかに、どの企業も工夫をこらしています。例えば、現状分析を徹底して「あるべき姿」と「やるべき事」を明確にするための話合いを現場でもつ、周囲に信頼される自分になれば評価が上がる仕組みにする、などはその工夫でしょう。社員が目標を考える際、自分は何を目指せば評価されるのかという基準と尺度がわかっていれば、社員は自ずと企業の期待する方向へ向かいます。

社員は自己の目標を上司と話し合い、企業目標にきちんとリンクした目標に納得したうえで、目標の達成に応じた評価を受ける仕組みがあってこそ、評価制度が能力開発に上手く結びつくのです。

 

◇求めるスキルの明示、対応する行動の明確化

好事例の企業のいくつかは、特にパートタイマーに対して、レベルごとの社員に求めるスキルを具体的かつシンプルに示しています。社員は、スキルを身につけ、レベルを上げるためには、日々どう行動したらよいかが分かります。行動改善を促すツールとしてチェックシートがよく活用されています。

 

◇PDCAサイクルの短周期での回転

比較的に短周期で、上司との面談(コミュニケーション)の機会を設けている点も特徴です。それは、目標設定・行動計画、実行、評価、改善のPDCAサイクルを早く回せば、早い段階で軌道修正ができて、それだけ効率的に目標にたどりつけるからです。さらに、頻繁なコミュニケーションは、社員が成長のモチベーションを保ち、行動計画を自己管理する上でも有効です。

 

◇職務・責任に基づく評価と賃金の結びつきが明確

好事例の企業では、パートタイマーのみならず、正社員の給与でも職務と賃金を結びつけた職務給寄りの傾向が見られます。長時間労働の是正と生産性向上の両立は、時間ではなく成果に着目して評価する制度が有効であるとの認識が広まっています。職務の難度や責任の重さを測定してランク付けし、求められる責務をどれほど果たせたかで評価して処遇を決める方法が、働き方改革と親和性が高いようです。

一方で、成果や達成度を測る評価項目や基準をどう設定するかは、業種のみならず、企業の理念や文化によってもさまざまです。

 

 

◇評価による処遇の差を社員の成長に転じる

上述のような達成度評価に基づく給与査定では、評価によって当然、給与に差が出ます。それが社員の納得感につながると前向きにとらえる企業は少なくありません。その前提には、制度自体が透明で、評価の基準や過程も包み隠さず、社員自身が足りないスキルを自覚できるような制度運用であることが必要です。

低い評価だった社員でも挽回の機会が早く与えられるよう、ここでも上述したPDCAサイクルを早く回すことが大切です。

 

◇現場だけではなく、業務プロセスを高所から見直し

労働時間短縮と生産性向上の両立は、現場の工夫のみでは乗り越えられない大きな課題です。いずれの事例でも、経営全体の視点から、業務プロセスを見直し、業務の重複や無駄をなくし、効率の改善に取り組んでいます。高所からの取組みを現場の働き方にきちんと浸透させることが不可欠と思われます。

 

◇人手不足の深刻な企業が先進的取組を実践し、効果を実証

数百社にのぼる好事例集を見ていると、限定型(勤務地域限定・時間限定)正社員の制度化など多様な働き方の導入は、小売、飲食、サービスなどの人手不足の深刻な業種がいち早く実践していることがわかります。現実として、戦力依存していたパート、アルバイトが思うように集まらず、正社員化して囲い込まなければ経営が成り立たない事態だからです。

非正規社員の正社員化に取り組む際に評価制度を持ち込む企業が目立つのは、正社員にステップアップさせる過程で評価が欠かせないからです。正社員化の過程では、職務をレベル分けして、本人のスキルを徐々に引き上げていき、正社員の処遇にふさわしい貢献が期待できるようになった段階で登用する必要があります。そこに至るまで、非正規社員のモチベーションを上げる役割を果たすのが、賃金に結びついた評価制度です。

非正規社員はもともと職務給であるため、評価と賃金を対応させやすいという面もあります。どの好事例企業も評価制度に基づく処遇が、業績向上に極めて効果的であったと実感しているようです。

背に腹は変えられない状況から非正規社員に導入した評価制度を、同一労働同一賃金という社会的要請もあり、正社員にも適用を広げた企業も少なくありません。人手不足への対処だけでなく、生産性向上の効果を認め、賃金への対応が明確な評価制度が業種を超えて広がるのも時間の問題かもしれません。

 

以上のように、好事例企業の特徴を並べてみると、いずれの企業も職業能力開発に結びつく人事評価制度をもち、その設計と運用において納得性・公平性・透明性が高く保たれていることがわかります。

 

Ⅳ.最後に

いま、社員と企業双方に、給与に対する意識改革が求められているのではないでしょうか。社員は給与が自らの成長とそれによる業績貢献に対して支払われるとの意識で働き、企業は賃上げが生産性向上の証拠であると前向きに捉えて実行する。このような意識の下での労使の行動が、働き方改革の成否を分けるカギかもしれません。

 

この先の日本の経済成長は、「労働参加者の数」と「個々の労働者の生み出す付加価値」の「掛け算」の答えをいかに大きくするかにかかっています。個々の企業レベルでは、多様な働き方を受け入れる環境を作り、一人ひとりの労働力が顧客にもたらす価値を増大させる取組みこそが、企業の成長をもたらすということです。

社員の潜在能力を引き出す人事管理制度に舵を切ること効率化のインフラとなる業務プロセス改善や人材育成への投資に踏み出すこと社員の仕事が顧客にもたらした価値に正当な対価を受け取れるビジネスモデルを構築することこの3つに企業は真摯に取り組まなければなりません。