2016.11.15

 

電通の労働問題で注目される

政府が提唱する「働き方改革」にはどんな背景・意図があるのか

~高度経済成長期、失われた20年と今~

 

はじめに

2016930日、広告代理店大手の電通の新卒社員の自殺が三田労働基準監督署から労災認定された。この事件は大きな波紋を呼び、1014日には東京労働局の過重労働撲滅特別対策班が同社本社や支社などの計4箇所に抜き打ちで立ち入り調査に入ったことも、多くのメディアで大きく取り上げられた。政府が、安倍首相自らが議長である「働き方改革実現会議」を設置し、戦後最大級とも言われる労働制度改革に乗り出した最中の出来事であった。117日には、労働基準法違反の疑いで、厚生労働省による家宅捜索が入った。

この電通の新卒社員自殺事件は、単なる労使問題ではない。本レポートでは、この事件をきっかけに関心が高まっている日本の労働環境の歪み、そして今や国の最優先課題のひとつと位置づけられる「働き方改革」の本質に迫る。

 

1.日本の長時間労働の実態

今や、日本の長時間労働の解消は、日本社会の公約になっている。というのも、2014年の日本の労働生産性は、OECD加盟34カ国の中で21位である。主要先進7カ国でも、最も低い水準だ。これは、日本の常態化した長時間労働に起因する結果であると言える。

(注)労働生産性=GDP÷{就業者数(または就業者数×労働時間)}

 

(出典:公益財団法人日本生産性本部 「日本の生産性の動向2015年版」)

 

2013年の時点で、長時間労働については「多くの労働者が長時間労働に従事していることと、過労死や精神的なハラスメント(嫌がらせ)による自殺が職場で発生し続けていることを懸念する」と、国連から是正勧告も受けている。

 

 

2.なぜ「三六協定」ではダメなのか

長時間労働是正のための施策として、多くの人の頭に浮かぶものに「三六協定」があるだろう。労働基準法に定められた18時間、週に40時間という労働時間の原則を、労使協定を結ぶことで延長できるというものだ。この延長できる労働時間には上限があるが、上限そのものを法定しているのではなく(一定の有害業務を除く)、あくまで届出窓口である労働基準監督署の「指導の基準」に法的根拠を与えるにとどまる。つまり、上限基準は「超えないものとしなければならない」とはされているが、基準を超えた延長時間数を協定すること自体を違法とするものではない(協定を超える時間外労働を実際にさせれば労働基準法違反)。さらに、三六協定に特別条項を付けることで基準に定める限度時間を超えて時間外労働をさせることができる。この限度時間を超えて設定できる時間数に制限がないため、企業は実質無制限に残業をさせることが可能なのである。なお、この特別条項に関しては、延長時間数の短縮を促すため、2010年に下記の3つの要件が追加されている。

 

1)限度時間を超える時間をできる限り短くするよう努めること

2)同時間の割増賃金の率を定めること

32)の率は法定割増率を超えるよう努めること

 

見てのとおり、特別条項で協定する延長時間数の短縮にしても、割増率の増加にしても努力義務であり、強制力がない。

以上のように、三六協定が形骸化している背景には、労働延長時間の設定に直接的な法的拘束力がないこと、そして特別条項があるために実質青天井となっていることがある。加えて、協定による時間制限がわかりにくく実態として守られていないこと、例えば、特別条項に発動の手続き、発動事由などの記載があっても現場には周知・徹底されていない実情がある。それ以前に、「サービス残業」が横行するようにそもそも労働時間の適正な把握が行われない土壌があることも問題である。

これら三六協定を巡る問題を受けて、今、政府の「働き方改革実現会議」では、延長できる労働時間そのものに、法的拘束力をもたせる議論がなされている。

 

 

3.誰でも モーレツ社員になれ、“三種の神器”が機能した高度経済成長期

三六協定に見るように、今日に至るまで労働時間の歯止めが弱かったことが、日本の長時間労働が改まらず、ひいては労働生産性が低迷している一因であると考えられるようになった。では、長らくその状況を放置してきた背景には何があるのだろうか。

高度経済成長期には国家経済自体が伸びていて、企業は製品改良を重ねつつ、製品をたくさん作ればそれだけ収益を上げられた。社員の側では、とにかく目の前に溢れる仕事をこなし、長時間労働をいとわず働けば、熟練につれて企業収益に貢献でき、ひいては自らの所得も上がった。そのため、誰もが ”モーレツ社員“になることができた。新卒一括で採用された大勢の同期との出世競争が激しかったこともモーレツに働くことを加速させた。

当時はアメリカの経営学者ジェームス・C・アベグレンが「日本の経営」を著した時代であり、その裏には日本独特の労使の関係性があった。それが三種の神器と言われる「終身雇用」「年功制」「企業別組合」である。それらはそれこそ、製造業中心の産業構造の下で、円安(固定為替相場制)による輸出競争力に加え、働き盛り、消費盛りの団塊世代が内需を高めていた高度経済成長期だからこそ維持できていた。

 

 

4.経済の成熟化・産業構造の変化に対する人事制度面の対応の遅れ

やがて石油ショックによる原材料コスト高、1985年のプラザ合意による円高という節目が契機となって、企業は、労働者の年功・熟練に応じて賃上げし、一生抱えきるという雇用の仕方に耐えることが困難になった。そして1990年代初頭のバブル崩壊を経て、失われた20年と言われる低成長期に移行し、もう長時間働くことと企業の収益とは直結しなくなっていた。企業は国際競争に勝ち抜く為、そして雇用・人件費の調整弁として「非正規」の採用を増加させた。すなわち、20年よりもっと前に既に三種の神器の前提となる構造の崩壊は始まっていたのだ。

本来はその時点で、企業は生産性を度外視したモーレツな働き方を奨励するのではなく、自社の製品・サービスに効率的に付加価値をもたらす人材を選ぶという評価軸に切り替えるべきであった。そして、社会政策的にも、現職場では低い評価の人材であっても新たな挑戦の場が与えられるような労働市場の整備へと舵を切るべきだった。しかし、法制度面でも、終身雇用を前提とした年功制を温存する方向へ進み続け、結局、労働とそれが生み出す付加価値を照らすことなく「残業をする」という文化だけが残った。それがまた、取引先への度重なる仕様変更や無理な納期の要求など、「残業」を前提とした企業間の取引慣行を根強く残す悪循環を引き起こし、日本全体の労働生産性を低下させた。

時代の変化を受けて、一部の大企業を中心に、いわゆる目標管理制度を併用した職能給の導入の動きもあったが、その運用においてはやはり年功的であった。年功制で横並びの賃金を表向きの評価シートに置き換え、結果として同じ評価記号をつけ、同じだけ賃金を上げるという運用がなされていた。つまり、「差をつける」という手が決定的にゆるんでいた。これでは緊張感が出ず、生産性も上がらない。本当はドラスティックに変わるべきタイミングで、日本の雇用は変わりきれなかったのである。

 

 

5.労働条件改善の施策と戦う企業の武器とは

存立基盤を失った三種の神器に換えて新たに日本の発展を導くような雇用制度が、働き方改革では目指されている。目下、賃上げや長時間労働の是正と、労働条件改善が先行している働き方改革に対して、企業は効率的に付加価値を生み出す策を早急に講じなければならない。そこで企業が取り組める具体的手段の一つに「マイナス査定」を取り入れた人事制度が考えられる。前述のような評価とは名ばかりの横並び査定を脱し、ローパフォーマンス社員に対してはマイナス査定により賃金を適切に下げる。一方で、高い生産性で業績に貢献する社員には、年功ではなくスピード感をもって報いる。

就業規則(賃金規程)に制度設計が規定されていることは前提として、マイナス査定を円滑に運用するには、従業員全体が評価の仕組みに納得し、その運用に信頼を置いていることがポイントである。従業員の納得性・信頼性が高い評価制度とするためには、少なくとも、次のような特徴を備えておく必要があるだろう。

 

・目標を自己設定すること

企業が求める職務・職責を明快に伝え、それにふさわしい目標を自分で設定する

・評価基準が明快であること

あいまいさを排除し、具体的な行動を評価の基準とする

・絶対評価であること

基準とした具体的な行動に忠実に照らし、名ばかりの絶対評価を排除する

・目標設定⇒進捗確認⇒評価⇒査定のPDCAサイクルを早く回すこと

目標に達しなくても挽回するチャンスを早く与える。助言・指導の機会を短期間で持つ。

 

マイナス査定を取り入れた人事制度改革は、労務コストの削減が目的ではない。そこから働く人の成長を促し、生産性を高め、結果として賃金原資を増やし、そして評価結果との整合性のある賃上げで働く人に還元していく。そんな好循環を回していくための人事制度改革である。昨今の働き方改革において、総論だけではなく、こうした具体的方策も議論すべき時が来ているのだ。

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設立
2008年9月25日
HP
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